エッセイ essay


『葦ペンとの出会い』

 埼玉県秩父市はまわりを山に囲まれ、古い町並みが今も残る、絵になる町です。

 私が訪れたのは、紅葉も終わり、吹く風に肌寒さを感じる頃でした。私は小高い山の中腹から眼下の町を描こうとスケッチブックを広げました。風景よし、体調は万全、申し分の無い写生日和でした。


 「今日はいい絵が描けそうだ」

と思いつつ鉛筆を走らせました。

 二枚、三枚と描き進めるのですが中々思うように描けません。「どうも場所が悪いかな」

「いや、この鉛筆が良くないな」

などと理屈をつけたあげく、描くのをやめてしまいました。

 

 そして釈然としないまま道具をかたづけて帰ろうとしたとき、水辺に並んだ枯れ草が

 

 「オレをつかって」

 

 と、ささやくのです。

 おかしな奴だなあと思いつつ、枯れ草の一本を取りだしペン代わりに使ってみました。これが思いの外具合が良くて、晩秋の秩父風景が描けたのです。

 そうなると風の寒さも心地よくなり、目の前の枯れ草群は黄金色に見えてくるのでした。この枯れ草ペンこそが後に知った葦だったのです。


 それからというものは、秩父に限らず、東北や北海道、スリランカ、マレーシアと、出向くところで現地調達のペンを使いスケッチを楽しんでいます。
 今、私のアトリエには各地で秋に収集した葦ペンや竹ペンが数多くあります。そして今後はこの葦ペンで生計を立てるのもいいかなあと思っている次第です。

『職務質問』

 都内のとある歓楽街でいつものように絵になるアングルを探していました。昼の歓楽街は夜の賑わいとは打って変わって人通りも少なく閑散としていました。

 私は薄暗い路地をボーッと眺めたり半分ほど開いた店の中をのぞき込んだりしていました。その行動が怪しく写ったのでしょう、巡回中のお巡りさんに職務質問をされることとなってしまいました。
 

 私が

 

 「スケッチをしに来ました」

 

と答えると、

 

 『すみません。そのスケッチを見せて下さいな』

 

と、丁寧ながら適切な尋問が返ってきました。

 あいにくそのときはまだ下見の段階で一枚のスケッチもなかったのです。人間、咄嗟のこととなると思いもよらぬことを言ってしまうもので

 

 「お巡りさん、描きます」

 

 と口走ってしまったのです。
 相手はお巡りさん、後からの言い訳は通じません。

 しかし、早描きはお手の物、作品の出来具合などどうでもいい、まずは一枚を描き上げ、「これでどうだ」といわんばかりにお巡りさんの前に出しました。

 するとお巡りさん、態度を急に和らげ

 

 「いやあ、流石ですね」

 

と、作り笑いを見せたのでした。


 ようやく私の疑いは晴れたようでした。そして私が安堵するや、お巡りさんまた一言。

 

 「その絵どうするんですか」

 

と、たたみ込むように尋ねたのです。

 そこでまた咄嗟の一言

 

 「あとは、うっちゃっちゃうんですよ」

 

と、勝誇ったようにあごをしゃくり上げスケッチブックを閉じました。
 それだけの話ですが、この一件以来、お巡りさんの巡回中の視角と私のスケッチ取材の視角って同一線上にあるのかもしれないと知らされた次第でした。